【起業の経緯07】真理とは難信難解なり

仏法を真面目に学んでみる

その後、僕は仏法についてちゃんと学ぶ機会を得た。

学ぶ対象は日蓮仏法。鎌倉時代、日蓮大聖人が弟子に送られた手紙や「立正安国論」「開目抄」「観心本尊抄」といった法門を通じて、信仰のあり方や姿勢について説かれているのだが、その中で今回は「観心本尊抄」について学ぶことになった。法門を一つ始めから終わりまで学ぶのはこれが初めてなのだが、最初に本を開いた時に、ああこれは無理だと思った。記載が古文・漢文形式というか現代文ではなく、漢字がずらっと並んでいる。そして、そんなページが25ページくらいつづく。これは2ヶ月あっても厳しいのではないだろうか、、と思いつつも、恐る恐る読み始めると、これが驚いた。おもしろいのだ。書かれている内容は初めて知る単語ばかりで、当時の時代背景もわからないので、解説書を読みながら、一つ一つ理解しながらノートに整理していく。それでもわからなければwebで検索して調べる。部分的な記述の意味を理解していくと、少しずつ文章の意味がわかってくる。その理解スピードは決して速くない。一日に数段落くらいのペースで進んでいくのだが、その文章の密度と世界観がすごい。一言、一文に込められている意味と背景、問答形式で進む文章構成、誰もが持つ疑問に真正面に、いろいろと角度を変えて答えていく。その答え方も、根拠となる仏典や論書などの経文による根拠(文証)、道理や理論的な筋道を立てた根拠(理証)、現実の事象による根拠(現証)を示しながらきっちり説明していく。また、直感的にわかりやすい比喩なども随所に織り交ぜながら、噛み砕いて説明してくれるのだ。一段落つっかえながら声に出して読み、意味を調べて理解して、もう一度読み直す。おおお、そういうことか、と感動して時計を見ると一時間経っている。一日の勉強としてはそんな感じ。

これまで僕は宗教というものは論理的に飛躍したものを盲目的に信じ込むもの、という印象を持っていた。しかし、今回勉強してみてガラリと印象が変わった。本来、原理的に人間には答えが出せないはずの生死の問題、生命を永遠と捉える考え方など、およそ論拠など期待できないテーマに対しここまで説明しきること自体が驚くべきことである。長い時間をかけてあらゆる角度から検証し、議論をぶつけ合って研磨され尽くされた理論でなければ、この議論にすら耐えられないはずだ。この仏法の世界は、ちょっとこれまで触れてきた一般の考え方や書籍、学問とは次元が違う。

"真理"とは理解の外にあるもの

2024年12月、3ヶ月に及ぶ勉強もなんとか終えた。今回、仏法のごく一端を学んだだけではあったのだが、僕の仏法に対する関心を深めるには十分だった。そして実際に向き合ってみて、勉強してみて初めてわかったことがたくさんあった。改めて量子論を仏法の概念の上に置いて捉えても矛盾がないこと。そして量子論と同様、最新の真理というものは人間の感覚と反していて頭や直感では理解し難いものであること。これは今回学んだ「観心本尊抄」の中でも日蓮大聖人は再三にわたって「難信難解(なんしんなんげ)」と表現されているが、普通では理解できないものであり信じられないものだ、と示されている通りである。その日常的に目に見えていることが真ではない、それは結果であって原因はその奥にありメカニズムがある、人間の感覚を超越しているがゆえに信じ難いのだと量子論も仏法も言っている。しかし、その信じ難い世界を信じ、追求してきた先人の存在があってこそ、今の発展があることを忘れてはいけない。

私の恩師、戸田第二代会長は、独創的な数学者であり、哲学者でした。その恩師はもう40年以上前になりますが、こう言っておりました。

科学は外界を見つめて真理の世界へ進んだ。と同様に、宗教は生命の内面へ真理を求めて発展した。人類の幸福のために真理を探究する、この二つの潮流の根幹がわからなくては、科学と宗教の問題は理解できない

と。高度な科学文明において、高次元の宗教が社会の光源になることを、恩師は見抜いていました(「科学と宗教」より引用)

後悔しないためには、今できることをやり切ること

今回起業を志すにあたって、いろいろ考えていたら思いもよらぬところまで来てしまった。しかし、僕の頭の中で長年モヤモヤしてきたことは、現時点で決着したと思う。今時点で考えられるところまで考え切ったと言って良い。さらに理解を深める勉強は続けるが、そっちを先にやろうとすると時間がかかりすぎて僕の人生が終わってしまうので、まずここ数ヶ月考え続けてきたことをまとめていく。

僕の考え方が一般的にどうか、正しいかどうかは、正直あまり関心がない。僕にとって正しいことが、他者にとっても正しいこととは限らない。大事なのは、自分が深い納得感を持って自分の人生を生き切っているかどうかだ。これから僕は、起業という自分の人生を全集中させるイベントに挑戦しようとしている。その起業を見据えた時、方向性レベルで外して後悔したくないと思った。何を大事にすべきか、どこを外さなければ後悔しない人生となるのかは行動を起こす前に納得いくまで考えておきたかった。なぜかというと、何かに全集中して行動を起こすと、他のことを忘れてしまうから。起業してビジネスに忙しくなって身も心も余裕がなくなり、家族や大切な人を蔑ろにして気づけば自分の周りに大切な人がいなくなり老後にひとりぼっち、なんのための人生だったのと絶望するなんてベタなオチはダサすぎる。絶対にイヤだ。だってそれはただの準備不足に他ならないから。そんなこと予め予想できるじゃん。予想できることに備えていなくて出来ませんでしたって、あまりにざんねん。

だから、今できることは今全力でやってから次に進む。

【ご参考】タグクラウド

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