立正安国とは

はじめに

以前、日蓮仏法には三部作なるものがあり、そのうちのひとつである「観心本尊抄」を学んだことは記事に書いた。

その際、信仰の奥深さ、理論の緻密さに人生で初めて触れ、信仰、中でも仏法そのものに大いに関心がそそられた。

そして、当時僕は起業を検討していたタイミングだったこともあり、人生とビジネスの価値観をどうにか統合できないかと考えを巡らし、仮に僕がビジネスに没頭している時でも、大切にしている家族や仲間のことや自分の心身のことを仕事よりも上位に引っ張り出せるように“Paradigm6”なる思考フレームを考案したのだった。それが、2025年1月のことだった。

あれから9ヶ月、三部作のうちのふたつ目の「立正安国論」である。

この「立正安国論」は、日蓮大聖人のご生涯にわたる行動が「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」と言われるほどの重書となっているようで、いつかはちゃんと読んでみたいと思っていた。しかし、御書原文は古文的な記載となっている事もあり、それを一文一文真正面から読み進めることを想像すると、なかなか腰が重く、踏み出せずにいた。

そんな中、つい先日、父の三回忌で家族で父の墓参りに行くという機会があった。

新しくなった父のお墓に家族みんなで挨拶をした帰り際、本屋でたまたま見つけた三部作のうち、まだ読んでいない「立正安国論」と「開目抄」の解説書が目に入り、これはもう読めということだなと観念し二冊とも購入。

まず「立正安国論」から少しずつ読み始めた。

概論

先に立正安国論について概説しておくと、当時39歳の日蓮大聖人が鎌倉時代、当時の実質的な最高権力者であった北条時頼に提出した「国主諫暁(かんぎょう)の書」である。「諫暁」とは「諌(いさ)め、暁(さと)す」ことを意味し、相手の誤りを指摘し正しい道に導くという意味である。

鎌倉時代といえばご存知のとおり、何かあればすぐに斬り捨てられるという今では考えられないほど荒々しい時代であり、時の最高権力者に対して物申すなんていうこと自体、正気の沙汰ではない。事実、この立正安国論を提出した後、日蓮大聖人は何度も命の危険に晒されることになる。それでも当時は、正嘉の大地震や大雨による洪水、疫病の流行等で民衆が苦しみに苦しみ抜いている世情を受け、この苦しみを取り除くには根本原因を解消する以外にないと決意され著されたのがこの「立正安国論」であった。

内容は、客と主人の問答が10問9答続く構成になっていて、誤った考えに固執する客を主人が丁寧に解説しながらその凝り固まった考え方を解きほぐしていくような、対話形式の内容となっている。

2周した。

1周目はまさに1週間くらいで「読んだ」という感じで、書いてある内容はわかったという感想だった。

ただ前回読んだ「観心本尊抄」の時の衝撃が強すぎて、なぜ立正安国論が日蓮大聖人の行動原理と言われるほどのものなのか、正直理解できなかった。

うーん、どうしよう。

このまま三部作の三つ目、「開目抄」に進んで良いものか、少し迷った。なぜなら「観心本尊抄」を読んだ時は、机に向かってひと段落ずつ意味を咀嚼しながら何周も何周もし、まさに暗記するくらい3ヶ月くらいかけて調べながら考えながら”学んだ”ことが、あの衝撃に繋がっているような気がしたからだ。であるならば、今回もちゃんと学びながら読まないと真の意味は理解できないだろうということで、2周目に突入することにした。

結論、やはり一周目は全然理解できていなかった。

というか、2周目でもまだ真意までは汲み取れていないかもしれないが、気づきがいくつかあったのでここで記録しておきたい。

感想

大きく3つある。

  1. 悪気ない人の誤りを指摘し、正しい道に引き戻すということ
  2. 自分だけの幸せはなく、他人だけの不幸もないこと
  3. 意思が受け継がれて初めて目的が成就すること

一つずつ説明する。

1. 悪気ない人の誤りを指摘し、正しい道に引き戻すということ

客は、ある権威ある僧侶の説く教えを信じて誤った方向に進んでいたが、本人はそのことに気づいていない。

僧侶の着ている袈裟やこれまで建設してきた立派な寺社・仏閣、信者の多さに目を奪われ、教えの真偽を見極めようとしなかった。

その点を主人に指摘をされ、初めはムッとして憤慨する様子を見せるも、少しずつ自分の考えを改めていくように対話が進んでいく。

読んでいて、ああ、これは現代にも通じるなと。

ブランド品や名声、資産、誰それの知り合いだとか、フォロワー数が何人だとか年商何億だとか、そんな派手な動画コンテンツで溢れていて、玉石混交の情報が波のように押し寄せて目が離せない。その溢れる情報の中で、本当に価値のある情報を自力で見極めることは至難の業である。そんな中で、誤った情報を真実だと思い込み、誤った道に進む者も少なくないだろう。あるいは、真実を見極めること自体を諦め、表層的な言葉の応酬を楽しんでいる人もいるかもしれない。

そういった人達に、その道は誤っているよ、こっちの道が正しいよと諭して、どのようなリアクションが返ってくるだろうか。想像に難くない。

相手に心から納得してもらい、人生の軌道を修正することは、相当難しい。

普通であれば、自分は自分、他人は他人、と諦めるところだが、日蓮大聖人はあらゆる経典を取り出し、この経典のここにはこう記されている、あの経典の何行目にはこう書かれてある、にもかかわらずなぜあなたはそれに反することをしているのだ、それによって、民衆は苦しみに喘いでいるのだ!と痛烈に指摘をしている。

しかし、そもそも本人に悪気はない、むしろ良かれと思ってさえいる。しかし、結果として災いをもたらすということがある。

それをどう指摘し諭すか。これは相当の人間力が問われることになる。

2. 自分だけの幸せはなく、他人だけの不幸もないこと

これは、僕がParadigm6を考えていた時に確信したことでもあるのだが、1000年前、立正安国論の中で日蓮大聖人がすでに言及されていた。

汝、すべからく一身の安堵を思わば、まず四表の静謐を祈るべきものか

「一身の安堵」とは自分自身の安全や幸せであり、「四表の静謐」とは身の回りの社会や国、世界全体を意味する。つまり、自分の安全や幸せを望むのであれば、身の回りの安寧をまず実現せよと。身の回りが不幸な中で、自分だけが幸せになるなんてことはあり得ないと。

ああ、まさに我が意を得たり、と不遜にも思ってしまった。あの時考えていたことは間違ってなかったと、安堵した。

これは、仏法でいう「依正不二」という考え方にも通じる。「依報(えほう)」とは衆生(生きとし生けるもの)が依り住む環境や世界のことを指し、「正報(しょうほう)」とは衆生そのものを意味する。この二つを合わせて「依正」と呼び、この二つは別々に存在しているわけではなく、本来一体のものと捉える、という考え方。

これは、感覚的には納得し難い。

人は物理的に分離しているものを別々のもののように認識するが、それは単に人間の知覚機能がそうなっているからそう認識しているというだけであって、素粒子レベル、量子論的に言えば確率分布で存在しているという意味では、なんら矛盾することはない(と、素人目には理解している)。

いずれにせよ、そんなことをごちゃごちゃ言うまでもなく、この恐ろしく研ぎ澄まされた文章で端的に表現されており、全てがその中に収まっている。

あとは、受け止め側の問題である。

3. 意思が受け継がれて初めて目的が成就すること

僕は立正安国論とは、日蓮大聖人が北条時頼に対し、誤りを一方的に指摘する書だと思っていた。しかし、その理解は全然違った。

立正安国論は10問9答から構成されている。

なぜ、10問10答ではないのか。

それは最後、客の問いに対する主人の答えで終わるのではなく、客の誓いで結んでいるからである。

そこには、立正安国というものはひとりでは成し遂げられないという根本的なメッセージが含まれる。いかに偉大な構想があったとしても、大いなる大義があったとしても、立ち上がるひとりその後に続く者たちがいなければ、目的地にたどり着くことは決してない。

立正安国とは、国が、責任者が、自分ではない誰かが動けば解決するという単純で他責的で機械的なものではなく、まず自分自身がそのひとり目であることを自覚し、社会の繁栄と世界の平和を自分ごととして祈り、立ち上がって行動を起こすこと。そして、その背中を見る者がまた自分ごととして受け止め、呼応するように立ち上がる。その人間同士の共鳴と、連続したうねりの先にこそ目指すべき安国があるのだと思った。

これも、僕がPuRuthを立ち上げるときに考えていたことと一致する。PuRuthは1000年色褪せない価値を追求することをミッションにしているが、その意味は、自分の人生だけでは絶対に成し遂げられない時間軸にすることで、後継へバトンを繋ぐことを前提としているから。そして、真に価値のあるものは時代を超えて、1000年後も受け継がれるものだと考えている。

それだけに、この最後のメッセージは、突き刺さった。

おわりに

以上が、僕が立正安国論を読んだ個人的な感想である。

今、僕はまさにこれから会社を退職し独立起業をするタイミングであり、不安を感じていたところもあったが、立正安国論を読んで、僕の感じている不安がいかに小さく、いかにリスクを大きく見積っているかということに気づいた。

僕が成すべきことは、先の見えない不安に押しつぶされて小さく縮こまることでは決してない。退職すれば、あとは自分の進む道をただ信じ、全力を注ぎ込むのみである。

自分がやらねば誰がやるのかという自覚を強く持って、後に続くであろう未来の仲間を信じ、1000年続く価値を必ず生み出す。

【ご参考】タグクラウド

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