退職
2025年10月31日をもって、15年間勤めた会社を退職した。
退職する旨を会社に正式に報告したのは9月2日だった。
ここでも書いてきたように、この1年間、あらゆる可能性を模索してきた。会社を辞めるということは、収入がなくなるということである。独立するといえば聞こえはいいかも知れないが、事業が立ち上がるまでは無職同然である。
育ち盛りの3人の子供と、大好きだった仕事を辞めてまでマレーシアに子供と移住してくれている妻のことを考えると、なかなかビビって覚悟が決まらなかった。このまま会社員を続けながら突破できる道はないか。マレーシア支社に転籍する道はあるか、現地採用や駐在の道はないか。人一倍ビビりな僕はいろんな道を探し続けたが、そんな道はなかった。そして逆に調べれば調べるほど、今、目の前に立ちはだかるこの壁っぽい、崖っぽいところに飛び込んで、自分で道を切り拓いていくしか実現する方法はないんだということ突きつけられた。
それに、会社に正式に退職を伝えるのは、やはり勇気がいった。少なからずPJTや組織の皆さんには迷惑がかかることはわかっていたし、何より15年間勤めた会社で一緒に苦楽を共にしてきた皆さんとの関係は、僕にとってはかけがえのない存在になっていた。しかし、これ以上決断を先延ばしにすることは仕事上も、我が家の状況を考えても限界だった。
意を決して、これまで数年にわたって相談してきた先輩にまずは報告した。
「そっかぁ、決断しちゃったかぁ」
と少し残念そうな、それでも明るい声で僕の決断を尊重するよと言ってくれた。
その後も、組織、PJT、お世話になった諸先輩方、同僚や後輩たちに順番に時間をもらって、短い時間ではあったが直接退職のご挨拶をさせていただいた。中には数年ぶりにお話させていただく先輩も何人もいて名前を挙げながらもこんな個人的なことでお声がけしてもいいものかとしばらくモジモジしていた。しかし、大恩ある先輩や同僚、後輩達に不義理があってはいけないし、やり残して後悔だけはしたくないと思い、思い切ってご連絡するとみなさん快く時間を割いてくださった。退職の経緯と独立する旨を報告すると、少し驚きつつも「がんばってね、挑戦応援してるよ」と温かい言葉をかけてくださった。気づけば、その数はゆうに100を超えた。幸せな時間だった。
会社に退職の報告をする前は、(ああ、退職までの2ヶ月は気まずい期間になるんだろうなぁ)と、結構憂鬱な気分で、はじめの2週間くらいは色々考え込んでしまい、お腹と頭が痛かった。それでも9月2日以降、退職すると決めた時点で、現実問題として、いつから収入が無くなり、いつ資産が尽きるのかが決まる。もうやるしかない。と改めて覚悟を決めた。そして、そこからの生産性は、それまでのものとは一線を画した。
一つ一つやるべきタスクとスケジュールを決め、とにかくアクションを繰り返す。概念止まりだったソリューションを具体化して、開発者をクラウドソーシングで探して開発に着手し、事業計画を立て資料を作り資金を調達し、HPも頭の中のイメージを言葉やデザインに落とし込んでいく。これまで雲のようにぼんやりしていた一つ一つが、少しずつ輪郭を帯びてくる。それにしても、やることなすこと初めての体験だらけなのだが、自分がやるしかないのだからそんなことを言っている場合ではない。どんな言い訳をしても、リミットはやってくる。時間という容量は決まっているのだ。僕ができることは、最も効率的な計画を立て最速で走り切るだけ。どんな局面でも、常に全力を尽くす他にできることはないのだ。やったことがないとか、やり方がわからないとか、手術で腕が動かせないからとか、不安だとか疲れたとか、そんな言い訳をしても誰も助けてはくれないし、何の慰めにもならない。結果が出なければそれで終了、ゲームオーバーだ。ここでやり切らなければ、再起はない。もう金も時間も気力も無くなり後悔だけが残る。やり方がわからなければ有識者やAIに聞けばいいし、腕が使えなくてタイプできなければ音声認識を使えばいい。不安や疲れを感じるって言うのなら、スマホなんか見てないでサウナでも行ってあったかくしてさっさと寝ろ、である。
もう、言い訳できないほど条件は整っている。
全速力
全速力で走っている。
そう思っていた。
10/17(金)の最終出社日を終えるまで、できることは全部やってきた。予定では、11月から自社でソリューションを試す期間、Dogfoodingと呼ばれる期間が始まる。しかし開発が進まない。業務委託で開発者を探して作ってもらっていたのだが、なかなかコミュニケーションがうまくいかない。思っていたものが思ったスピードで出来上がってこない。こうしてくれ、ああしてくれと言っても、できない理由を並べられる。指摘をしても、この前こう言われたからこうしているんだと返される。何もかもが合わない。
こんなことは僕にとっては、これまで散々経験してきて見慣れたやり取りではあるし、珍しくもない。ただ、予定通りにことを進めようと思うと、やはりそれなりの腕のいいエンジニアが必要だった。しかし、現実はそう都合よく腕のいいエンジニアが現れ、一晩話せば僕のやりたいことに共感してくれて、明日からフルコミットで参画します、やりたいことがあったらいつでも何でも言ってきてくださいね、なんて爽やかな笑顔で言ってくれるわけもない。
ああ、これでは絶対に無理だ。これでは行きたいところには辿り着けない・・・
どうしたもんかなぁと途方に暮れていたが、答えなんて、もともとひとつしかなかったし、うっすら気付いてもいた。
「やっぱ、やるしかないかー」
意を決して、自分でやることにした。
開発経験はないし、餅は餅屋ということでこれまであまり手を出さずにいた領域でもあったが、そんなこと言ってると実現すらおぼつかないので、自分で全てを背負ってソリューションの開発も自分でやることにした。
できるかできないかじゃない、男の子は黙ってやるのである。
別次元の世界
いざ、開発を始めてみると、驚いた。
今はバイブコーディング(Vibe Coding)と呼ばれる生成AIを活用して自然言語で開発をするのがトレンドになっているが、僕のような非エンジニアでもそれなりのモノが作れてしまう。
PJTにおけるPM(Project Manager)やTL(Transformation Lead)といった管理側の立場ではあるが、一応、業務効率化のためのシステム構築経験はあり、ソリューションをゼロから描いたり、要件定義や概要設計をしたことはあるが、開発自体はエンジニアにお願いしてきた。そんな僕でも、AIエージェントを使ってひとりでモノが作れる時代になってきている。むしろ、明確な課題感があったりTOBE像が描ける人の方が、素早くモノを作れるようになるということなのかもしれない。それほどまでに、プロダクト開発の精度とスピードが別次元になっており、まさに革命である。
これまで一ヶ月以上かけて業務委託の開発者にお願いして、散々やり取りを重ねてもなお実現できなかったことが、着手してから約2日間×自分ひとりで達成できてしまった。たった2人日で、である。
それ以降ひたすら開発を走らせ続けている。まさに文字通り寝食を忘れて没頭している。止まらないのだ。全く集中が途切れない。ブログも書こう書こうと思っていたが、開発の方が止めたくても止められないのだ。自分で描いたソリューションが、自分の思うスピード感で、頭で想像するのと同時に形になっていくサマにすごく興奮している。ここまで夢中になることは自分史上も珍しい。かつて誰かが「”やりたいこと”というのは、”やめたくてもやめられないこと”のことを言うのだ」と言っていたが、まさにその通りだ。
その甲斐もあって、ようやくソリューション全体の輪郭が見えてきた。
当初思っていた以上に大規模なシステムになりそうだが、仮説として思い描いていたソリューションが、技術的には実現できることが見えたし、想定していた以上に効果も出そうだということも確信できた。
あとはこれをサービスとしてクライアントに提供できる形まで持っていく。細かいところまでこだわってブラッシュアップする。ここに魂が宿る。今持てる全てを注ぎ込んで、必ずクライアントに感動を届ける。
これからの価値像
この経験を通じて、改めて会社設立時に中心に置いたものは間違っていなかったという確信に近い感覚を得られたことは大きかった。ふたつある。
ひとつは、我々のCore Valueとして位置付けている「Operation×Consulting×Technologyの融合」。そしてもうひとつは「1000年色褪せない価値を追求する」というPuRuthのPurposeであり、思想である。
Core Value:Operation×Consulting×Technologyの融合
AIエージェントの活用が今後のビジネスの前提となった時に何が起こるかというと、まず知識とスキルの制約がなくなる。
これまで我々は、知らないことはできないし、経験がないこともできなかった。しかし、AIエージェントは何でも知っているし、デジタル世界のことは大体やってくれる。しかし、「どうやるか」はちゃんと指示しないといけないらしい。この「どうやるか」を解像度高く、具体的な言葉に落としてAIエージェントに伝えることができるか能力が、これからのビジネスパーソンには求められるようになるのだろう。
PuRuthのターゲットとしているバックオフィス業務は、もしかすると一見単純作業の集積に見えるかもしれない。しかし、ひとつひとつの業務を紐解いていくと驚くほど複雑であることに気づく。それは、法律や制度等の制約に起因するものもあれば、これまで発生してきた例外ケースやインシデント対応の蓄積かもしれない。これを解きほぐすのは実は容易ではない。しかし、これらの制約やリスクを考慮して一から業務を設計して良い、となれば話は別である。はなからそういうリスクのある業務が発生しないように業務を描けばよいのだ。
この2025年以降、この業務オペレーションに対する解像度を持ち(Operation)、業務課題に対する深い理解とその課題を解消できるソリューションを描けて(Consulting)、それをAIエージェントと協働しながら実装できる(Technology)ということは、最速で最高の価値を創出できるということを意味する。このビジネススキームがひとたび構築されれば、もう他の追随を許すことはない。それをPuRuthがやる。
Purpose:1000年色褪せない価値を追求する
繰り返すが、AIエージェントの時代になると、人より何かを知っている、人より何かができるということは優位性を持たない。それだけではドヤれないのだ。なぜなら、皆AIエージェントが使えるのだから、知らないこと、できないことはもはや恥ずかしいことではなくなる。
これはつまり、制約がない限り、ビジネスは他社にマネ(陳腐化)されやすくなるということが言える。特に無形資産でビジネスをするような業界はその傾向がますます強くなるだろう。そしてそれはそのまま、僕の事業にも当てはまる。
これまでビジネスの世界では、TTP(徹底的にパクるべし)とは言われつつも、どこか他社をマネてビジネスを広げていくのはけしからんという雰囲気も併存していたように思う。短期的なビジネス目線で見ればたしかに損失に映るかもしれない。しかしそれは、金儲けを目的にビジネスをする場合においてである。
そもそも我々は、「1000年続く価値」を創ろうと言っているのである。
ソリューションを生み出すたびにガチガチに特許で固め自身の権利を声高に主張し手を出されれば噛みつき争うような姿は、果たして子供達に見せたい姿だろうか。いいじゃないか、人にマネされるなんていうのはそのビジネスやソリューションに価値があったということで、むしろ誇るべきことだろう。マネられてこそ広がるとも言えるのだ。それがイヤなら、簡単にマネされるビジネスモデルを作った自分を戒め、次はもっと独創的で容易にマネのできない価値を追求すればいいだけの話だ。
今はもしかしたら弊社にしかできないこともあるかもしれない。しかし、それはいずれ既得権益となり、自らの成長を阻害することになるだろうことは、すでに歴史の先人達が教えてくれた。僕らはきちんとその先人達に学び、これから創るソリューションはマネされることを前提に考えておく。そして次から次へと新たな価値を追求し続け、みんなで価値の総量を増やしていく。我々がやるべきことは、後ろを振り返って嘆いたり周りをキョロキョロ見渡して忖度するのではなく、自分が信じる道を決め、ただ前だけを向いて新たな未知にひとつでも多く、1mmでも前に、1分でも早く踏み出すことだ。それが、我々現役世代の責務であり、次の世代に見せるべき姿だろう。
翻って、こと弊社に至っては業務変革を生業にしている会社であった。たとえばその弊社が、「弊社の提供する業務変革ソリューションは弊社にしか実現できません!」などと言い放ってしまうというのは、見方によってはまさに“属人化の極み”であるわけで、顔を洗って出直さなければならないダサい事案である。したがって、弊社のソリューションは弊社でなくとも実現できるソリューションにしなければならない。つまり、最終的にはどこでもマネできるようにする。
最後に
我々が最終的に目指すところは、PuRuthが創るソリューションの中に、気づけばPuRuthの姿がない、という状態である。
これがPuRuthにとっての究極のZero Touch Transformationであるといえる。
PuRuthが生み出したソリューションのはずなのに、そこにPuRuthの姿はない。しかし、確実に世の中にPuRuthの創出した価値は残っていく。
有るようで無い、しかし、無いようで有る。
真に価値あるものとは、えてして矛盾して見えるものである。
そこがまさに目指すところであり、我々のベースとなる思想である。これを残りの20年かけて成し遂げられるのなら、この人生、天晴れである。
