はじめに
久しぶりの投稿になってしまった。前回の投稿から、かれこれ2ヶ月くらいだろうか。
その間、何をしていたかといえば、ひたすら開発をしていた。そう、今流行りのAIエディタを使ったバイブコーディングというやつ。あまりにAIエージェントを酷使しすぎてクレジットカードの制限に引っかかり一時的に使えなくなってしまった。なので、久々に時間が空いたのでブログをしたためることにする。
僕はエンジニアではないのでコーディングはできない。しかし2026年現在、コーディングはAIがすることになっている。人間は何を作るかを決め、想定通りAIが作ったものが動作するか人間が承認や確認する。これをひたすら繰り返す。
やることは単調なのだが、やってることは超絶頭脳プレーである。
ご承知の通りAIは汗ひとつかかずに嘘をつく。「完璧です!」とか言いながら蓋を開けるとボロボロだったりする。だから、常に目を光らせ続けなければ、一瞬にして現在地を見失い、まともなシステムは構築できない。そんなAIと格闘する日々を延べ3ヶ月間過ごしてきた。
その間、年末年始は家族と過ごしたり、会食などもあるのでその時間をさっ引くと、ざっと2ヶ月間、ひたすら開発し続けた結果、その開発規模は成果物ベースで現在10万行に上っている。これは、開発難易度と全ての工程を考慮して積み上げ、従来の人間のエンジニアが開発した場合の生産性で工数に換算するとざっと200人月、コストに置き直すと3~5億円規模に相当するらしい。生産性ベースでざっと100倍である。なお、成果物にするまでにコーディングされたりテストしたりしたものまで全て含めると、桁がさらに1-2つ増える。これは、僕の体感値でもそこまで大きな差はない。むしろ今、10人のエンジニアを雇ってこの規模のシステムを同じクオリティで1年で作れと言われる方がよほど難しい。
ここから何がわかるかというと、2025年を境に明らかに時代が変わったということである。
新時代へ
では「時代が変わる」とはどういうことか。
ある一面から見れば、その時代が前提としている「当たり前」が変わることと言えるだろう。これまで「当たり前」だと思われていたことが否定され、これまで「否定されていたこと」が当たり前になる。
「明治維新」、当時武士は剣を振るって当たり前、士農工商の身分制度があって当たり前だった時代から、武士は政治家になりスーツを身に纏って剣をペンに持ち替えて議論で戦う時代になった。「産業革命」、当時人が集まって手作業で機織りをすることが当たり前の時代から、大きな機械で自動で布を大量生産できる時代に変わった。
こうした時代の変化に抗うものもいる。当然である。変化は人間にとって回避すべき危険そのもだからだ。しかし、それでも時代は変わるのである。抗いきれないほどの大きな波が来る時、時代は本能と関係なく変わるのである。
変化のドライバー
ではこの2026年、何をもって時代が変わると言っているのか。その主役のひとつは、冒頭に触れたAIである。
僕はこれまで15年間、コンサルファームでバックオフィス業務の運用・効率化・自動化に従事してきた。あらゆるテクノロジーを使い、世界中の有識者に知見を求め事例を集め、業務の効率化・自動化を推進・実現してきた。しかし、技術的課題、プロジェクト制約、大きな組織のガバナンスなどが重なり合って、多大なコストをかけても得られる成果はごく限定的なものに落ち着くこともまた多かった。
今、そういったオペレーション・コンサルティング・テクノロジーの経験と現場のリアリティをもち、かつ起業家という立場に立って、昨今のAIというものを日に15時間、50億トークン/月を超えて使い倒して体感した結論、これは魔法のようなテクノロジーである。これまで散々新しい”テクノロジー”をPoCと称して使ってみては幻滅してを繰り返してきた。本当にうんざりしてきた。そういうものなのだと諦めていたかもしれない。
だからこそ、僕にはその違いがわかる。確信できる。AIは現実を、時代を大きく変える力を持っている。これまでの経験とこのテクノロジーがあれば、これまで手が届かなかった巨大な課題を解決できる。胸が高鳴った。
開発を進めれば進めるほど、AIの価値、精度の高さ、生産性の高さ、レバレッジの大きさを感じる。あれも実装したい、これも実装したい。アイデアは尽きない。これまでコストやスケジュールやエンジニアに遠慮して言えなかった要件が山ほどあるのだ。元々高い僕の期待値をはるかに超えたスピードとクオリティの回答が秒で返ってくる。その回答に驚いてこちらも即座に応答する。それをひたすら繰り返す。一日中繰り返す。気づいたら土曜が来て、ああもう一週間か、もう一ヶ月かと繰り返す。本当に席を立つ暇がないのだ。日々、驚きと感動に震えながら開発を続けている。
新時代の企業に求められる要件とは
AIの登場によって、昭和から続いてきた企業の在り方、組織の在り方、業務の在り方、全てをゼロから見直さなければならない時代に入った。
僕は、偶然か必然か、運命的にこのタイミングで起業する機会を得て、制約なくゼロから業務設計をすることができる。そして、技術的・知識的な制約はAIによってキャンセルされる。あとは、どれだけ本質的な価値を追求し、具現化できるか。少なくともバックオフィスの領域ではその一つの解を見出せたのではないかと思っている。それが、「Zero Touch Transformation (ZTT:ゼット)」である。業務自体を“そもそも発生させない”AIエージェント駆動型の業務モデルの誕生である。
これまで、企業において長年「バックオフィス業務」と呼ばれ、存在していることに疑いすら持たれないが、実態は定型的で論理的、反復的な大量処理、かつ100%に近い精度を求められる複数の人間で完遂するには難易度の高い業務である。ではなぜその業務を人間がやっているのかといえば、今思えば「技術的な過渡期」だったからだと評価できる。
インプットが手書きの情報や紙、ハンコという物理的で非構造的な情報であるにもかかわらず、法律や制度上は100%に近い精度を求められるというGapを、業務設計×人間の目検によるWチェックによってなんとか担保してきたのである。しかし2026年現在、ようやくインプットはデジタルデータに、物理情報もデジタルデータにほぼ100%の精度で変換できる。そして法律・制度の意図と業務プロセスを高度に融合させれば、ようやく人間の作業を介さないプロセスが完成する。これが2025年11月、Geminiのアップデートによって技術的に実現できるようになったと考えている。そして、今後の新時代の企業の原型となる、Zero Touch Transformationの基本思想である。
新時代の企業、ZTT(ゼット)企業とは
このZero Touch Transformationの基本思想に立って今後の企業のあり方を想像すれば、自ずと進むべき道は見えてくる。
従来のようにバックオフィス業務を、人間で運用し続けなければならない企業は、競争に勝てなくなる。新時代のAI基盤の企業に比べてコスト構造が全く異なるからだ。また新時代の企業は、業務データが全てデジタルデータで自動で蓄積されていくため、リアルタイムにダッシュボード上で確認でき、AIが分析結果を提示してくるため即座に意思決定ができる。そこにはレポートするだけの中間管理職や、表面的な助言に終始するコンサルタントというポジションはない。さらに、「全自動」と言っている時点で、全てがデジタルに閉じた世界となるため、操作ログが全て残る。つまり、監査的な観点でも完全なTraceabilityを担保できる点も明らかな優位である。これまで「グレーゾーン」とされてきた領域はどんどん許容されなくなる。また若い人材はどうか。従来型の定型×大量×反復作業をやりたい人がどれだけいるだろうか。この数年で、優秀な人材が会社を選ぶ軸が大きく変わっていくことが容易に予想できる。
こう見ていくと、Zero Touch Transformationというのは一過性のソリューションではない。これからの時代の企業の必要条件であり、それが当たり前の時代にしなければいけない。いつまでも、人間を定型×大量×反復作業に縛り付けていてはいけないし、新しい環境に適応できた企業だけが生き残っていく。それが予見することが経営者の役割であり、その時代を創ることこそが我々世代の責任である。
そして、その新時代の成長企業の基盤を創るだけでなく、常に変わり続けていくという覚悟が、この「Zero Touch Transformation」という名称に込められている。
真の課題に気づけない「落とし穴」とは
最後に、大事なことを書き添えて本稿を終える。
これまで述べてきたAIエージェントの登場に端を発する新時代の潮流は、そう遠くない未来に現実になると思う。しかし、この潮流に気付いたとして、企業がその外部環境の変化に合わせて、順次適応できるのかといえばそれは話が別で、そこには構造的な落とし穴がある。
まず前提として、売上1兆円、10,000人規模の企業のバックオフィス業務は、ボリュームと正確性ともに人間の能力をすでに超えている。
バックオフィス業務は、組織で言えば数千人規模、売上規模で言えば数千億円あたりから処理ボリュームが急激に増大し組織のキャパシティを超過する。これは日本の商習慣に伴う業務のピーク性に起因している。ゆえにどの企業でも、この規模になるとバックオフィスの業務課題が顕在化し、コンサルやBPOに相談することになる。このコストインパクトは時に数百億円以上ともなり、甚大である。しかし、実は深刻な問題はその課題ではない。我々がよりクリアにとらえなければならない課題の本質はその「不可逆性」にこそある。
現在の企業のバックオフィス業務の多くは、属人的に運用されてる企業がほとんどである。スタートアップの時は資金も限られているし、器用なシゴデキに任せればある程度の規模までは回るのである。しかし、その後企業の成長期に入るとどんどんマンパワーが必要になっていく。その頃、属人化したバックオフィス業務はどんどん複雑・緻密になっているので、人から人へ一子相伝で時間をかけて受け継がれていく。しかし先述のピーク性の課題によりある時を境に人の習熟が追いつかなくなり、一気に崩壊する。自力ではどうにもならなくなる。これはどの企業でも起こるバックオフィス業務のライフサイクルだが、これはコンサルファームで複数企業を見てきたから言えることであって、事業会社が自力で気づくことはまず難しい。仮に途中で気付けたとして、数千人の従業員が動いている企業において、業務を抜本的に変革して全自動化することができるか。意思決定するのに1年かかるだろう。これが「不可逆性」である。
PuRuthの使命
では、この「不可逆性」を解決するソリューションが世の中にあるのだろうか。
残念ながら答えは「No」である。
仮に、すでに現時点でこの「不可逆性」を予防できるソリューションがあるのなら、バックオフィスは存在しないはずである。しかしいまだに、令和生まれのスタートアップを含めて、あらゆる企業でバックオフィス業務が普通に存在しているし、人間で運用されている。いまだにそこに多大な時間と労力とお金が投下されている。課題は無くなっていない。その道をひとたび進めば、戻れなくなるにも関わらず、目の前の「成長」を優先している。それが現在地である。
思えば、非効率な業務を無くすというのは、リソース最適化の観点で見れば、企業経営の基本である。
ゆえに、ZTTプラットフォームによって自動化できる仕事は“さっさ”と自動化してもらい、人が本来やるべき仕事に全集中できる基盤を構築しなければいけない。貴重なリソースを“非効率な業務を効率化する”ことに使うのではなく、本業や家庭や未来に注力できる企業づくりをしていただきたい。
これが、我々PuRuthの危機感であり当面の使命である。これ以降、効率化ビジネスを発生させない最後のソリューション、それがZTT:ゼット(“Z”)である。
来たる、僕らの代
昭和、平成と、世界と戦いながら日本を世界最大の経済大国に押し上げてきた先人たちのバトンを僕らの世代が受け取り、次の時代を創る。これは誰かとの競争ではない。僕ら世代全員の力を結集して成し遂げなければならない、現役世代の責務であり挑戦である。そして、少なくとも僕は、これまでコンサルファームで長年この領域を専門にしておいて、昭和・平成から続く業務をそのまま子供達の世代に引き継ぐなんて、恥ずかしくてできない。ダサい、あまりにダサすぎる。そうならないためにも、仲間と力を合わせて、後世に残る成果を必ず出す。
